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夜明け前、鬱蒼とした森の間を冷たい風が吹き抜け、草花が揺れた。生い茂った木々は、まるで旅路を導くように騒めく。


 森を抜けた先には、崖があり、その上からは、広い大地を一望できる。
その崖の上に、ふたりの旅人が立っていた。

「……あれって幻覚じゃないよね?」
「ああ、幻覚じゃないよ。私たちの目的地だ」
「あーやっと見えたー!」


 帽子をかぶった若い旅人は安堵し、大きく伸びをした。森を抜けて来たばかりで、額に汗が滲んでいる。


「もう少しだね」


もうひとりの旅人は、帽子の旅人とは対照的に、穏やかに微笑み、汗ひとつかいていない。年齢は、若い旅人より20は上のようだ。
 
 このふたりの旅人が、見つめる先にあるのは、青白く光る巨塔。地上から天へと伸びるその国を、人々は『塔の国』と呼ぶ。
 旅人たちは塔の国を目指して歩みを進める。次第に塔の輪郭が強烈な光で浮き上がっていった。若い旅人はその景色の壮大さに、思わず足を止め、息を飲んだ。

 塔の形は、教会にあるベルを、そのまま大きくしたようで、いくつかの階層にわかれている。全体でみるときつい傾斜があり、外壁には螺旋状に取り付けられた風車が回っている。塔の材質は煉瓦で、塔の周りを囲む、高い城壁もまた同じ素材でできているようだった。 


 空を飛ぶ鳥より高くそびえ立つその塔は、崖の上から、十数キロも離れているが、遠近感が狂うほどに大きい。
 初めて国を訪れた者は、その常識を遥かに超える高さに恐怖さえ感じる。

 若い旅人が興奮気味に言う。


「ワーオ。噂では、あの塔の中に、何万人の人が住んでいるって話じゃん?とても信じられないな」
「果たして、国がどこまで機能してるか……。案外もう、崩壊寸前で誰も人がいないかもしれないよ」


年長の旅人は、冗談めかして笑った。


「ええ?食事にありつけないのは、勘弁してくれ。山菜ばかりで飽き飽きだ。昔ノアがあそこに行った時は、どうだったのさ?」
「ずいぶん昔のことだからな……思いだせない」
「ふうん!ノアらしくない!賢者様なのに!」


 若い旅人は面白がって、やや大げさに言ったが、ノアと呼ばれた旅人は、ただ優しく微笑んだ。彼は青空を吸い込むような深呼吸を一息、


「さあ、進むよ」


 足を踏み出し、ローブが風になびいた。


「はいはい」


 若い旅人が、続く。

 

 


 

 

 

 

「ようこそ、いらっしゃいました」


 城壁を抜け、塔に入るための門をくぐると、塔の国の案内人の青年が待っていた。


「こんにちは、私は、ノアと申します。それともうひとり、私の付き人も入国したんですが、今は自由に、国を見て回っています」


 ノアが言った。


「賢者ノア様。お会いできて光栄であります。お噂はこの塔の国でも度々耳にしておりますよ。お部屋を用意してありますので、滞在中はそちらにお泊まりください」
「お気遣い感謝します」
「長旅で大変お疲れかと思いますが、まずは領主様にご挨拶をお願いしたく存じます」
「ええ、かまいません」
「ご案内いたします」





 案内人の後を歩くノアは、塔の中を興味心身に観察していた。
高い高い天井の上には小窓が無数に開いており、日光がフロア全体に行き渡って、外にいるかのような開放感がある。
案内人に聞くところによると、地上からそのまま入った、今いるフロアは3階。信じ難いことに、この地下には農耕をするためのフロアが2階分あるという。


 3階は、主に市場のフロアで、住宅と商店が立ち並んでいる。
ここ3階は、塔の中でも最も賑やかで活気のあるフロアだ。
おそらく、昼飯の材料を選んでいるのだろう。大勢の人が店に立ち寄っている。


「ちょっと、そこの旦那さん!今日は、とっておき。真っ赤に熟れたトマトが特別入荷してるよ!いかがだい?」
「ほう、それは珍しいな。見せてもらおうか」


店先では、威勢のいい声が、買い物客を呼び込み、子どもたちが走り回っている。


「想像よりはるかに、栄えているな……」


 ノアがぽつりと言った独り言は、案内人にも聞こえてしまったようだ。


「ええ、昔より人口がずいぶん増えました。このフロアで、約8千の国民が生活しています」
「は、8千?」


 ノアは思わず大きな声を出してしまった。高層の建物の中に8千人もの人間が住める環境を持つ国など、今まで聞いたことがない。


「この塔全体では、合わせて2万5千人以上が住んでいますよ。塔の周辺にも多くの国民が暮らしております。」
「……これは、純粋な感想ですが、よく、ここまで国を維持できていますね」


 そう言われた案内人は、少しも気を悪くする様子もなく答えた。


「国に仕えている身で言うのもなんですが、正直、自分たちでも驚いています」
「この国を動かしている方は、天才だ」
「はい、間違いなく」


 案内人は、深い尊敬の念を込めて、答えた。

 最上階までは、エレイターという巻上げ機を使って上ることができるそうだ。


「まあ、塔の国でこれを使えるのはほんの一握りの方々だけですがね」


 ノアと案内人は門番が見張りをしているエレイターの門をくぐった。


「っ!」


 先に歩いていた案内人が、何かに驚いたように立ち止まった。ノアも案内人の後ろから、部屋の中を見ると、そこにはひとりの少女が、こちらをまっすぐに向いて、立っていた。


「フレア様…」


 フレアと呼ばれたその少女は、少女というには大人びた雰囲気で、明らかに、今までこの国で見た人間とは、違う格式高いドレスを身にまとっていた。

「ようこそいらっしゃいました。賢者様」


 気品に満ちた顔からは表情が読み取れない。ただ、その澄んだ美しい声に、まだ幼さが残っていることにより、彼女が子どもであることを解することができた。


「初めまして、ノアと申します。今回は入国の許可をいただき、感謝しております」


 ノアは、深く頭を下げた。


「私の名はフレア。この国の月の領主を勤めております」


 月の領主フレアは、ノアよりも深く頭を下げた。その姿勢の美しさに、思わず見とれそうになる。
 現在の塔の国の階級については詳しく知らないが、恐らく限りなくトップに近いのだろう。案内人が、先ほどより明らかに緊張していることがわかる。


「賢者様はこれから、領主会議に出席されると聞いています」
「はい。13神の間までご案内させて頂きます」


 案内人が答えた。
 すると、フレアは無表情のまま、ある提案をした。


「そのお仕事、私に譲って下さりませんか?」
「なんと!」


フレアの急な申し出に、狼狽える案内人。
 果たしてこの国では、領主が一介の旅人と接触することが、どれほどのことなのか……。ノアは、黙って見ているしかなかった。


「そ、そのようなことは……!」
「せっかく、はるばる国の外からいらっしゃったのですから、お話がしたいのです」
「しかし……」


 案内人は考え込んでしまった。しかし、見かねたノアが、


「月の領主様に案内をしてもらえるとは、光栄だな」


と言うと、案内人もそれ以上反対はしなかった。


「では、旅人様、私はここで失礼いたします。フレア様、よろしくお願いいたします」


 案内人は、ふたりに向かって1回深くお辞儀をして、下がっていった。

「では、参りましょうか。賢者様」
「私のことは、是非賢者ではなく、ノアとお呼びください」
「かしこまりました。ノア様。私のことは、フレアとお呼びください。さて、せっかくいらして頂いたのですから、この塔についてご説明をいたしましょう」
「それは助かります。この国は、とても興味深い」
「……そうかも知れませんね。そのかわり、少しだけ私に……旅のお話、外の世界のお話を聞かせて下さいな」


 そう言った時、無表情な彼女の瞳が、微かに輝いた。





 エレイター内。
 相変わらず無表情のまま、フレアが説明をする。


「この国には13の領主がおります」
「あなたがその一人、月の領主様ですね」
「はい、月の他には太陽、水、地、時、緑、雷、結晶、金、石、火、軍、風。それぞれに権力が偏らないよう、技術と統治管理の範囲が分散されています。
 例えば私、月の領主は、精神と文化の維持。国民たちの暮らしに寄り添う立場なのです。水の領主は、水車と水路の管理。風の領主は、風車の管理。太陽の領主は塔の建設指示を行っております」
「建設の指示ということは、今でも塔は作られているのですか?」

尋ねると、フレアは少し言い澱んだ。


「微妙なところです。実は20年前から塔の建築が難航しておりまして」
「それはまた、なぜ?」
「理由ははっきりしておりません。材料や労働人数は問題ないはずなのですが、ただ太陽の領主が、建築を延期し続けているのです」


 フレアの声が暗くなった。太陽の領主。どうやら、あまり深入りして良い問題ではなさそうだ。ノアは話題を変えた。

 エレイターが塔の4階に到着した。
 天井の高さは3階の3分の1ほど。多少開放感は減ったが、それでも生活するには十分な空間で、外壁に近い場所では作物や果樹が育てられていた。


「領主会議まで時間がありますから、4階と5階もご案内いたしますわ」


 ノアは歩きながら、この目の前の、若すぎる当主に感心していた。
(この歳にして、周りの大人からの信頼をここまで得ているとは)
 というのも、ここまで歩いて来た途中、何十人と国の使用人から、挨拶をされた。すべて一瞬のことではあったが、使用人たちの気持ちのいい挨拶の声や、笑顔を見ていると、心からフレアを尊敬していることが伝わってきた。あの案内人からも、緊張はしていたのもの、恐怖心などはないように見えた。





 4階の中央には大きな広場があり、子どもたちは、木でできた剣を振ったり、大人から指導を受けながら、格闘技術の練習をしていた。


「この広場で勉強をしているのは、3階4階に住んでいる子どもたちです」
「教育熱心ですね」
「大体は、この上、5階6階に住む貴族に取り入るための教育ですけれど。
 この国の階級制度は3つ、上流階級は6階、5階に住んでおり、4、3、2階には中流すなわち一般市民が住んでおります。塔の1階は農耕エリアになりますので、塔の外に住んでいるのが下流階級になります」
「貧富の差は、大きいのですか?」
「この国では農耕が盛んですので、どの階級の方も食べ物に困ることはありません。気候も比較的穏やかなため、仕事の違い以外は、大きな差はありません」
「塔の国では、貧困問題は深刻ではないと」
「全くないとは言えませんが」


 フレアは淡々と答えた。領主という立場上、口ではそう言うものの、決してこの国の状況に満足してはいないようだ。
(頼もしい領主様だな)
 ノアは心の中で言っった。

 




 5階はこれまでの階より住民が少ないようで、ひとつひとつの家の作りが豪華になっている。中央の社交場には、高級品の店が多く立ち並んでいた。


「さすが、貴族が住んでいるだけあるな。これまでの階にはなかった、画廊やサロンがある」


 ノアは店先の、ガラス張りの商品棚の中の万年筆を見て、その金属部に施してある精密な細工に、目を奪われる。


「すばらしい技術ですね」
「国の滞在中に是非お立ち寄り下さい。こちらで扱っている物は、他の国にも劣りません」
「この階では芸術家や、職人たちが暮らしているのですね」
「ええ、こちらに住んでいる多くには、最上階6階に使える使用人もおります。私に使える使用人や料理人も、こちらのフロアに住んでいます」


 路上では、見慣れない楽器を演奏している青年の音楽が聞こえた。すれ違う人々も地上階とは違い、しっかりとした身なりだ。ノアとフレアは奇麗に敷き詰められた石畳の上を歩いた。

 5階を見て回る途中、ノアは、丁寧な説明をしてくれたフレアへのお礼に、これまで自分が行った国の話をした。
 フレアは、冷たい表情のままではあったが、どの話も熱心に聞き、積極的に質問をした。
 食料の話。政治の話。王国制度の話。どれも15歳の少女が聞くような話ではないが、難しい用語の説明を求められることなく、議論をした。
 つい、大人と話している気分になってしまったが、途中で動物の話をしてみると、少し表情が柔らかくなった気がした。





 いよいよ、最上階6階に上がるエレイター内で、ノアが言う。


「最上階は、もっと豪華になるのか。拝見するのが楽しみです」


これまで以上にノアの瞳は好奇心で輝いていた。


「6階は……案外殺風景かもしれません」


 エレイーターが最上階に着き、フレアの言ったことの意味が分かった。
 



光が降り注ぐ広々とした空間は、白を基調とした建物が建っている。貴族の住む場所というよりは、神が住む場所のようだった。

 人はほとんど外に出ておらず、フロアを見回る兵士が数人歩いているだけだった。
 この空間が意味するのは、領主という存在が、ただの権力の象徴ではなく、神に近いということ。
 ノアはそう推測をした。

 6階の中央に歩いていくと、広場の先に大きな白い扉があった。兵士が両脇に立っている。


「こちらが13神の間です」
「ここまでご案内ありがとうございます」
「いえ。私が言い出したことですから」


 フレアは扉に立つ兵隊に声をかけた。


「お待ちしておりました。賢者様とご一緒だと、お聞きいたしております」
「そうですか、こちらが賢者様です」


 兵士はノアの姿を確認し、一度頭を下げた。


「既に、12人の領主様がお揃いになっておられます」
「わかりました。開けて下さい」


塔の神々の間へ続く、重い扉が低い音を立てた。

  ×  ×  ×

 領主会議が終わり、朝食を食べた後、ノアはようやく部屋で休むことができた。案内されたのは5階の宿。最初に勧められたのは6階だったが、堅苦しくない方が居心地が良いと告げると、この部屋を用意してくれた。
 ソファーに座ったノアは、息をついた。
「さすがに、くたびれたな」
 領主会議の中のフレアを思い出しながら、紅茶を飲んだ。
 フレアは、大人に囲まれた会議中でも、少しも物怖じすることはなかった。痛烈な反対意見を浴びせられても、冷静さを崩さず対処する姿は、なにより美しかった。


  ×  ×  ×


「国に仕えている身で言うのもなんですが、正直、自分たちでも驚いています」
「この国を動かしている方は、天才だ」
「はい、間違いなく」


  ×  ×  ×


 案内人とのやり取りを思いだし、ノアは部屋でひとり微笑んだ。

 「この国の天才は、あの子だったのか」

 

 

 



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